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きっかけはテレポーテーション!?ANAが「空を飛ばない」新規事業を作った理由

アイデア , イノベーション , グローバル , テクノロジー , 事業推進 , 事業立案 , 多様性 , 新規事業 , 社会貢献

文:森田 大理 写真:斉藤 隆悟(写真は左から梶谷さん、深堀さん)

ANAホールディングスが発表したアバタープロジェクト。既存のエアライン事業と一線を画す革新的なアイデアは、どのように実現できたのか。事業化の道のりからイノベーションのヒントを探る

自らの分身となるロボット「アバター」を遠隔操作することで、感覚や意識だけを遠く離れた場所に瞬間移動させる。まるでSF映画のようなアイデアが、実用化に向けて本格検討されている。手掛けるのは航空会社のANAホールディングスだ。

「航空」と「アバター開発」は一見奇想天外な組み合わせに思えるが、この事業を手掛けるのには、どのような理由があるのだろうか。同社アバター準備室の深堀昂さん、梶谷ケビンさんにご登場いただき、プロジェクトの道のりを辿りながら、企業がイノベーションを生み出すためのヒントを探った。

飛行機を利用するのは全人類の6%。この事実をどう捉えるか

そもそもANAは、なぜアバター事業に乗り出したのだろうか。その理由を尋ねると、同社が歩んできた歴史にもつながる話だと語る。

深堀  「ANAはわずか2機のヘリコプターから創業しました。より多く、より遠くへ運ぶために輸送手段はヘリからジェット機になり、世界の国々や人々をつないできました。

このような変化を続けてきた歴史があるからこそ、我々はさらに多くのお客様にサービス提供していくためのアイデアを常に考えてきたんです。その中で着目したのは、世界の全人口のうちエアラインを利用しているのはわずか6%にすぎないという事実でした」

深堀さん

ANAホールディングス アバター準備室 深堀昴さん

国内外を旅する際やビジネスで遠くの都市に赴く際など、人類にとって空を飛ぶことはこの数十年でより身近なものになった。多くの人がそう感じているだろう。ましてやサービスに関わる立場なら、常に目にする「あって当たり前」の存在。

しかし、そうした印象に惑わされることなく冷静に航空マーケットの実態を見つめられたことが、現在のアバター事業が生まれる起点になった。現状の飛行機は全人類の6%しか乗れない乗り物だと捉え、残りの94%の人たちがなぜ利用しないのかに着目した。

梶谷  「既存の輸送手段には物理的なインフラが不可欠です。だからこそ人類は道や線路や空港を整備してきました。しかし、そもそも空港まで移動する手段がない場合や、身体的な制約や金銭面の理由などで移動できない人たちは、私たちがサービスを提供する対象外になってしまいます。

94%の中には、こうした状況の人たちがいる。物理的なインフラをこれまでとはまったく違うものに置き換えないと、『より多くの人が使える移動手段』は実現できないと考えました」

つまり、アバター事業を生み出したのは、飛行機とはまったく別の移動手段をつくれないかという発想からだった。ただ、最初に思いついたのは、「テレポーテーション(瞬間移動)」という、アイデアだった。突拍子もないものにも思えるが、彼らは、理想から逆算し検証していったという。

深堀  「空港もその他のインフラも必要ない、ドラえもんの『どこでもドア』のようなものが実現できれば理想だと思ったんです。そこで、東京大学で量子テレポーテーションを研究されている古澤明教授にご協力いただき、調査や検証を進めていきました。その試行錯誤の中でたどり着いたのが、意識と感覚だけを瞬間移動させるという現在のアバターです。

身体ごと移動させる訳ではありませんが、アバターを通せば高齢者や障がい者など身体的な制約のある方でも身体(アバター)を動かせますし、生身の身体では行けない場所に行ける。つまり、アバターは瞬間移動と同時に身体機能の拡張を実現する手段。どこでもドアをも越える存在になるんです」

既存事業の枠を越えて社外とつながり、ビジョンを掲げて「台風の目」になれ

このように、アバター事業は「空を飛ばない」「(身体は)移動しない」とエアライン事業とは真逆ともいえる発想で生まれた。しかし、既存事業で確固たる実績や領域が定義される大企業では、こうした特異なアイデアが生まれづらかったり、適切に評価を得づらかったりするといわれる。ANAはどのようにこうした壁を突破したのか。

この問いに深堀さんは、「そもそもアプローチが違った」と語る。

深堀  「アバターは、いわゆる新規事業を生み出そうと社内で企画したものではないんです。きっかけは、アメリカの非営利財団であり、社会課題を解決するような技術開発を加速させるための賞金レースを実施している『XPRIZE』との出会いでした。

もともとANAはXPRIZE財団とマーケティングタイアップを行っていたのですが、2016年に次期賞金レースの設計コンテストが開催された際に、私たちも参加。ここで提案した『ANA AVATAR XPRIZE』がグランプリを受賞し、現在のアバター事業へとつながっていったんです」

梶谷さん

つまり、アイデアが生まれる経緯自体を、現在の延長ではないところにおいたーそれが、アバターのような既存延長線上にない、事業アイデアの種を生む契機となったのだ。

この出自は、アバターという同社の既存延長上にないものに取り組む上でも大きな意味を持った。それは、周囲を巻き込む力だ。この取り組みの過程では、社外とのさまざまなつながりが爆発的に増えた。「ANA AVATAR XPRIZE」には実に820チーム81ヶ国の企業や研究機関が参加を表明。さまざまな技術を支援してくれている。こうした多くの研究者を巻き込めたのは、描いた未来図への共感が鍵になったと深掘さんは考える。

深堀  「アバターには、AI、センシング、VR、ARなど、目を見張るような世界中の技術が詰まっています。ただこうした凄いテクノロジーも、それを使って人々にどんな価値を届け、世の中をどうしたいのかというビジョンがないと、実用化は難しい。

今回、我々はアバターに関する技術こそ持ち合わせていなかったものの、「人と人の新しいつながり方を実現したい」という強い思いはあった。このビジョンがあったからこそ、多くのパートナーが集まってくれたのだと思います」

ANAがもつ技術やノウハウだけでアバターを実用化することは難しい。ただ、ビジョンを掲げ、「台風の目」としてムーブメントをリードしていくことが自分たちの役目ではないかと深掘さんは語る。

世界中から仲間を募り、渦の中心でさまざまな人や想いを巻き込んでいく。グローバルに事業を展開するANAだからこそできるイノベーションの生み出し方ではないだろうか。

アバターの活用が進むと、エアラインの需要はむしろ増える

ANAグループ内外での実証実験を経て、2019年10月に開催された『CEATEC 2019』では、アバタープラットフォームである「avatar-in」と、普及型コミュニケーションアバター「newme(ニューミー)」を発表。2020年のサービス開始を目指しており、たった数年でゼロからここまで具体化できたのは、驚異のスピードともいえる。

しかし、アバター事業は見方によっては既存の航空マーケットと市場を奪い合う側面も否定できないはずだ。社内で事業化に慎重な意見はなかったのだろうか。この疑問に対して、梶谷さんはテレビ電話を例に説明してくれた。

梶谷さん

ANAホールディングス アバター準備室 梶谷ケビンさん

梶谷  「テレビ会議システムやビデオ通話が一般に広まった際も、航空需要が減るのではないかと噂されていましたが、実際はその逆でした。テクノロジーによって遠くの人とつながり親密になると、今度は実際に会いたくなり、現地を訪れてみたくなる。結果的に航空需要は伸びたんです。

同じように、アバターを通してより多くの人が出会い、その場ではできないような体験をするようになれば、リアルな行き来も増えるはず。私たちは、Face to Faceの体験価値までアバターに置き換えようとしているわけではないんです」

梶谷さんがこう語るように、アバターが私たちにもたらすのは、オフラインのコミュニケーションともオンライン上のやり取りとも異なる、まったく新しい体験だと言える。実際、今回の取材では、急きょ梶谷さんはアバター参加となったが、取材自体も何ら問題なく進んでいった。

実証実験では、ペットがアバターを人間(飼い主)と認識し、ある老夫婦はアバターを息子の名前で呼んでいたそうだ。つまり、アバターはテレビ電話のようなコミュニケーションツールというより、人格を宿す器に近いのではないだろうか。

このように、まだまだ未知の可能性を秘めていることに着目し、現在は「不特定多数の人がさまざまな用途でアバターを利用していく」ことを重視。それは、ANAアバターが実証実験のなかで見出した、新規事業開発の秘訣のようでもある。

深堀さん

深堀  「これまでもさまざまな企業や団体に使っていただいたのですが、アバターを使ってやりたいことが明確な実証実験ほど、思ったような結果が出ない場合が多かった。むしろはっきりと目的を決めず、必要最低限のルールで使ってもらった方が、固定概念にとらわれない使われ方も生まれ、アバター事業の可能性はもっと広げられるように思います」

身体に制約のあるALS患者がアバターを通してカフェで接客をしたり、海に行かずに遠隔操作で釣りをしたりと、さまざまな驚きを実現してきたANAアバター。今後も多様な展開をみせていきそうだが、深掘さんや梶谷さんが見据える未来は、ANAの一員として既存の航空事業と同じだと語る。

ANAグループの企業理念には「世界をつなぐ心の翼」というフレーズがある。その翼を抽象度高く捉え直したことで、彼らは全人類の6%だけではなく、残りの94%とも向き合えた。ただ、そこで理念を無視するのではなく旗印として再び向き合ったからこそ、ムーブメントを牽引し、多くの人を巻き込めた。

まったく異なるサービスのように見えて根底に流れる想いは変わらない。だからこそ、アバター事業は巨大な既存事業をもつ組織にあって、力強く前進を続けられるのかもしれない。

深堀さん

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

深掘昂(ふかぼり・あきら)


梶谷ケビン(かじたに・けびん)


ANAホールディングスアバター準備室共同ディレクター
パイロットの操作手順設計および航空機の性能計算を行う運航技術の業務の傍ら、業務外で有志チームを、結成して営利と非営利のタイアップモデル「BLUEWINGプログラム」を立ち上げ南カリフォルニア大学MBAのケーススタディに選定。その後エアライン初となるクラウドファンディングサービス「Wonder FLY」を開始。XPRIZE財団主催の次期国際賞金レース設計コンテストにて「ANA AVATAR XPRIZE」でグランプリ受賞。2019年4月にアバター準備室を立ち上げ、共同ディレクターとしてアバター事業を率いる。

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