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倒産寸前のバスケチーム・千葉ジェッツを強豪へ押し上げた立役者が語る、失敗の哲学

ビジネススキル , マネジメント , マーケティング , リーダーシップ , 事業推進 , 人材活用 , 人材育成 , 働き方 , 多様性

文:森田 大理 写真:佐坂 和也

その道の第一線を行く人は、素晴らしい功績の裏で失敗や挫折すらも学びに変えて飛躍的な成長を遂げてきた。キャリアのターニングポイントとなる出来事から、“失敗の価値”を学ぶ

近年、日本のバスケットボール界がにぎやかだ。プロリーグであるBリーグの観客動員数は年々増加し、日本人選手のNBAデビューも相ついでいる。

こうしたバスケ人気をけん引するチームのひとつが、千葉ジェッツふなばし(以下、千葉ジェッツ)だ。2017年から天皇杯を3連覇中で、いまやバスケ界の誰もが一目を置くチームだが、実は2012年頃は倒産寸前の財政状況でチーム成績も振るわなかったという。

そこから見事強豪チームへと再生した立役者こそ、代表取締役会長の島田慎二さん。経営手腕がスポーツ業界の内外から注目されている島田さんだが、その道のりは一筋縄ではいかない。今に至るまでにはどのような苦労と失敗、挫折を乗り越え、経営者として成長してきたのだろうか。その道のりを伺った。

業界水準以上の給与でも、社員から嫌われたその理由

バスケットボールに関わる以前、島田さんは20年近く旅行業界でキャリアを重ねてきた。新卒で入社した旅行会社を3年で辞め、1995年に仲間と共同経営の会社を立ち上げたことが、今に至る経営者人生のはじまりだ。

2001年に最初の会社を退任し、30歳で法人向け海外出張専門の旅行会社を個人で設立。島田さんは、ここで自分の生き方を変えるような経験に直面する。

「最初の兆候は、設立から1年ほどした頃でした。前の会社から社員2人を連れて独立したのですが、その2人から突然辞表を渡されたんです。引き止めもかなわず、急いで新しい人を採用しましたが、その人たちにも十分に仕事を教える時間もなく、頭ごなしに怒ってしまうこともありました。

私がそんなスタンスなものだから社員が定着せず、人が入っては辞めてを繰り返し。次第に社員との関係はギクシャクしてしまい、顔を合わせるのも嫌になって、自分の会社なのに『出社したくないなあ』とぼやいたこともあるくらいです」

社内の空気が悪くなっていくのを感じながらも、設立から4~5年はこれといった手を打っていなかった。なぜなら、幸か不幸か売上・利益は着実に伸びていたからだ。このままで良くないとは思いつつ、業績が停滞しはじめるまで、その課題は後回しになっていたのだという。

「業績がよい分、社員の給料は業界水準以上を出していましたし、一体何が不満なんだと首をかしげていました。しかも、以前の会社での私は社長と社員との間で、どちらかと言えば社員の気持ちをくんで寄り添うタイプだった。立ち上げメンバーの2人も私を慕って着いてきてくれたはずなのに、なぜこんなに嫌われてしまったのか分からなかったんです」

そんな折に島田さんは、京セラの創業者である稲盛和夫氏の著書と出会う。稲盛さんが大切だと説く「利他の心」や「社員の物心両面の幸福の追求」に共感し、自分の行いを振り返ってみるとようやく原因が見えてきた。

「いざ自分がトップの立場になると、社員よりも売上・利益を優先したり、自分に甘くなったりしていたんです。また、当時の私は経営理念を"目標"のようなものだと曖昧にとらえ、"目指せIPO"と掲げてしまった。会社の存在意義である経営理念が株式上場なんて、社員からすれば『社長がもうけるために働かされている』と思ってもおかしくありません。結果、いくら給料を上げても信頼関係は育まれず、お互いの心が離れていったのだと気づきました」

人の心は移ろいやすく、立場が変われば少し前の気持ちなどなかったかのように振る舞ってしまうのだと島田さんは当時を振り返る。自分がいつのまにか利己的な経営をしていたと気づき、島田さんはそれを認め社員の前で潔く謝ったという。

社員が活躍できる状況を作ることが大事だと気づいた島田さんは、上場という目標は取り下げ、社員一人ひとりにきちんと向き合うことを決意。社員の頑張りをねぎらうために、今までほとんど実施していなかった飲み会や社員旅行を企画し、仕事で結果が出ればインセンティブで還元した。こうした行動で社長としての意思を示すうちに、社内の空気は徐々に変化。連動して業績も復調したという。実はこの出来事こそが、のちの千葉ジェッツ躍進の奇跡につながっている。

とにかく社員と向き合うことが、事業、チームの推進力になった

経営の考え方だけでなく、生き方までも一変したと語るこの出来事もきっかけとなって、島田さんは2010年に同社を上場企業に売却し、経営コンサルタントの道を歩みはじめる。

この時出会ったクライアントこそが、当時は倒産寸前の経営状況だった千葉ジェッツふなばし。再建に向けた支援を行うなかで、先代の社長から実際の経営を託される形で社長に就任することとなった。

「当時の千葉ジェッツが抱えていた一番の問題は、運営に携わるメンバーが誰もバスケットボールがビジネスで成功できるなんて思っていなかったことでした。バスケやチームが好きで働いているのだから、高い給料も期待していない。だからせめて楽しくやりたいと"学生サークル"の延長線のような状況だった。観客もまばらで、チームの成績も振るわない。社員に自信がなく、結果が出ないから報われないという負のスパイラルに入っていました」

そこで島田さんが打った手は、大きくふたつ。ひとつは、千葉ジェッツの経営理念を定めること。かつて、自らが経験した経営理念の過ちがあるからこそ、全員で気持ちをひとつにできる道標が必要だと考えた。

もうひとつは、小さな目標をたくさん設定して、それを乗り越えながら徐々に社員の自信を回復させていくこと。いきなり「日本一のチームになろう」と高い目標を掲げても夢物語にしか聞こえない。島田さんが狙ったのは、社員の心の中に潜む「どうせうまくいかない」という思い込みを払拭することだったそうだ。

2018年に開催された、『第93回天皇杯・第84回皇后杯 全日本バスケットボール選手権大会』優勝時の様子

「設定した目標を達成できたらインセンティブを出し、"結果を出せば報われる"成功体験を積み重ねていきました。また、社員を成功へ導くために当時は毎週全員と1on1を実施。経営を良くするには、社員に向き合うしかないと思います。まずは社長が率先して社員を応援すること。そうして、社員の心に火をつけていったんです」

これらの施策を通し、チームスタッフである社員が変わりはじめると、チームを応援するブースター(ファン)が増え、選手の士気も上がる好循環が生まれた。このサイクルがチームの成績も着実に後押しする。昨シーズンは2年連続の地区優勝、天皇杯は3年連覇と、今や名実ともに誰もが認める強豪チームだ。

所属する富樫勇樹選手がBリーグ史上初の日本人1億円プレイヤーとなったことからも、千葉ジェッツの力強さを感じさせる。

若き経営者時代の失敗を防ぐ、師と仰がれる伴走者へ

ただこのプロセスも一筋縄でいったわけではない。「今考えると、ちょっと過保護すぎる側面もあった」と島田さんは振り返る。

「たしかに社員と向き合うことはとても有用だったと思います。1on1で、社員の悩みやつまづいている点を解決し、目標の実現に向けた細やかなアドバイスをするなど、うまく行っている部分はありました。ただ、私が社員のやる気の火を灯す役割にこだわり過ぎて、社員が自律・自発的に"着火"しづらいという副作用を生んでしまったんです」

この副作用を解消する意味も込め、2019年8月、島田さんは社長の座を後継者に譲り、会長職となることを発表。島田さんへの依存度が高い組織体制を続けては、サステナブルな企業にはなれないという危機感からの判断だった。

「経営者と社員は親子のようなものです。つきっきりで育てることが必要な時期もありますが、いつまでも親が手や口を出していては、子どもは自力で生きていけません。親が子を想う気持ちは永遠に変わりませんが、いずれは親離れ・子離れが必要になる。千葉ジェッツは今がその時期なんです。私は引き続き経営には参加しますが、あくまでもサポート役に徹するつもりですね」

島田さんは、現在49歳。今後は会長職と並行して、バスケットボール以外も含めたスポーツチーム経営のアドバイザーや、中小企業の経営コンサルティングに尽力していくという。

島田さんはこの形での関わり方を、経営者と社員の親子関係ではなく、師弟という新たな関係性だと例える。というのも、若き日の島田さんが経験した失敗は、師と仰ぐような経営者の先輩がいなかったことも要因だったと感じているからだ。

「私は25歳で会社を飛び出して、そこからは手探りで会社を経営してきたので、稲盛さんの本に出会うまで、"師匠"と呼べる人がいなかったんです。もし、自分の経営について相談できるような人に出会っていたら、もっと早く自分のおこないを改められたし、あそこまで社員のみんなに苦しい想いをさせずにすんだかもしれない。だからこそ自分の経験を踏まえて、これからは若い経営者や中小企業オーナーの悩みに答え、支援していけたらなと思うんですよ」

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

島田慎二(しまだ・しんじ)

1970年新潟県生まれ。1992年、(株)マップインターナショナル(現:(株)エイチアイエス)入社。95年に独立し、(株)ウエストシップを設立(共同経営)。2001年に同社を退任し、(株)ハルインターナショナルを設立。2010年、同社を売却し(株)リカオンを設立。2012年、プロバスケットボールクラブである「千葉ジェッツ」の運営会社、(株)ASPE(現:(株)千葉ジェッツふなばし)の代表取締役社長に就任。2019年8月より同社会長職。同年9月より日本トップリーグ連携機構理事兼クラブ経営アドバイザーも務める。

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