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小さく始め大きく育てる―「育て上げネット」に学ぶ社会課題解決

Recruit , サステナビリティ , 事業推進 , 日本 , 社会貢献

文:岡本 実希 写真:佐坂 和也

既存の枠組みにとらわれず、行政や企業、教育機関と連携し、15年以上活動を続けるNPOに訊く、社会課題と向き合い続ける上で必要なスタンスとは。

内閣府によれば、平成30年における15~39歳の若年無業者は71万人にのぼる。(令和元年版 子供・若者白書(全体版)より)

こうした若者の支援に2000年代初頭から取り組んできたNPOがある。認定NPO法人育て上げネットだ。「すべての若者が社会的所属を獲得し『働く』と『働き続ける』を実現できる社会を実現する」をビジョンに掲げる同法人は、就労基礎訓練プログラム「ジョブトレ」や、親に向けた相談支援「結(ゆい)」などの事業を通し、この課題と15年以上向き合い続けてきた。

加えて、自主事業にとどまらず、行政や民間企業、教育機関と連携し既存の枠組みにとらわれない様々な取り組みも長年にわたり実施。若者に向けたICT・金銭基礎教育プログラムを民間企業との協働で開発したり、少年院と連携して出院後の支援を行うなどその活動の幅は年々広がり続けている。

この領域の第一人者と言っても過言ではない育て上げネットは、なぜ様々なステークホルダーを巻き込み、社会課題解決へ継続的に取り組みつづけられているのか。理事長の工藤啓さんに「社会課題との向き合い方」を伺った。

草の根的な活動にとどまらない社会的投資の仕組みを日本に作りたい

― はじめに、工藤さんが「育て上げネット」を設立した経緯を教えてください。

きっかけは家業が大きく影響しています。私の実家では不登校やひきこもり、障がいのある若者が一緒に暮らす共同生活型の支援をしていました。ある意味、幼い頃から生きづらさを持つひとたちを身近に感じる環境で育ってきたと言っていいかもしれません。

とはいえ、身近ではあったものの、福祉関係の職業に就くつもりはありませんでした。大学時代はアメリカに留学して会計学を学び、大手投資会社に就職しようと思っていました。考えが変わったのは、留学時代のクラスメイトに言われた言葉がきっかけです。「君は今すぐ日本で若年層への支援を始めるべきだ」と声をかけられたんです。

突然のことに驚きながら理由を聞くと、彼はこう答えました。「今後日本経済が縮小すれば、中高年のリストラが始まる。すると政府や企業はその対策に乗り出すだろう。そこで放置されるのは20代~30代の若者だ。若年層への就労支援はそう遠くないうちにマーケットができるぞ。」と。

― 課題をあらためて認識するとともに、マーケットや競合優位性といったビジネス的な観点でも、若者の就労支援の道を考え始めたんですね。 

それを聞いて、興味が出てきました。その後、ヨーロッパの若者支援事業を視察した際に「社会的投資」という言葉を知ったことも起業の後押しとなりました。

「投資」が基本的に経済的リターンを求めるのに対し「社会的投資」が求めるリターンは社会にポジティブな変化を起こすこと。どうせだったら育った環境で得たもの、大学で学んだことを、社会をよくすることに使いたい。そう考えて2001年に育て上げネットを設立しました。

社会課題との向き合い方に変化〜対処型から予防型へ〜

― 育て上げネットではこれまでどのような事業を行ってきたのでしょうか。

設立当初から、若者に向けた就労基礎訓練プログラム「ジョブトレ」や、ひきこもりやニートの子どもをもつ親の相談支援「結」などの事業を行ってきました。

また、自主事業だけでなく他機関との連携にも力を入れています。厚生労働省の委託を受け若者の就労を支援する「地域若者サポートステーション」の運営や、他省庁・自治体と地域におけるモデル事業を展開しています。

民間企業との連携も数多く行ってきました。新生銀行とのニート予防のための金銭基礎教育プログラム「MoneyConnection®」開発、日本マイクロソフト株式会社との「ITを活用した若者就労支援プロジェクト」共同実施、リクルートと共に実施している働きたいさまざまな人に向けた就労応援プログラム「WORK FIT」など、多様な民間企業と連携をしながら多角的に事業に取り組んでいます。

― 2000年代初頭から若年支援に関わり続けてくる中で、「社会課題との向き合い方」に変化はありましたか。

以前までの育て上げネットでは、困難が既に顕在化している層へサポートを行ってきました。しかし、2015年からハイリスク層に対する予防的アプローチに力を入れていく方針に切り替えています。社会課題との向き合い方が「対処型」から「予防型」へ移行したと言ってもいいかもしれません。

困難が顕在化している若者はすでに社会との繋がりを失い、コンタクトをとりづらい層が少なくありません。であれば、顕在化する前に、リスクがある分野へアプローチする方が課題解決につながりやすいと考えました。我々にはこれまで目の前の課題と向き合い続けてきたことで、支援データの蓄積があります。それを利用すれば、一定ハイリスク層の分析も可能になる。これも後押しになりました。

― 予防型のアプローチとして、実際にどのような事業を行っているのでしょうか。

ある都立高校との連携はそのひとつですね。3年生の2月時点で就職・進学先が決まっていない生徒に向けて説明会を実施し、高校を卒業した4月以降に希望者を育て上げネットのカウンセラーに繋ぐ取り組みを始めました。これにより進路未決定の若者が社会的所属を失い、ひきこもりや長期に渡る無業に陥るリスクを事前に防ぎたいと考えています。

また、最近力を入れている少年院の中での学習支援やPC講習、出院後の更生自立支援も予防型のアプローチのひとつです。予め在院中に関係を構築し、退院後に切れ目なくサポートを継続する。そうすることで、退院後の孤立を防ぎ、再犯や貧困に陥るリスクを軽減するのが目的です。

課題が顕在化した段階でのアプローチが難しかったり、手遅れになる場合こそ、こうした予防型のアプローチは、非常に重要な視点となると考えています。

社会貢献事業は小さく始めて、大きく育てる

― 育て上げネットは行政や企業、教育機関などと連携し、様々な事業に取り組んできました。多くのステークホルダーを巻き込み、社会課題と向き合い続けるには何が重要なのでしょうか。

連携に際しては、こちらのやりたいことを押し付けるのではなく、まずは相手の困りごとを丁寧にヒアリングし、それに合わせて解決策を一緒に考えることを大切にしています。

相手の問題点を指摘し、その改善策として自分たちの持つサービスを提案してしまう団体も少なくありません。しかし、行政であれ、企業、教育機関であれ、それぞれの物事の進め方や組織のルールがあり、それを無視した提案は形になりづらく、実現してもうまくいかないものになってしまいがちです。

― 自分たちの持つサービスの提案ありきではなく、相手の困りごとに合わせて何が一緒にできるかを柔軟に考える姿勢が大切だということですね。行政との連携と、企業との連携では気をつけるべきことも変わってくると思います。それぞれ大切にすべき点があれば教えてください。

行政との連携で特に大切なのは、予算を最初から付けてもらおうとしないことだと考えています。行政には説明責任がありますから、結果や成果が分からない取り組みに予算を割きづらい。これは当たり前です。ですから、まずは寄付やクラウドファンディングで募った資金を活用し、実績ができた段階で相談をもちかける。やってみたことを見せてから予算化なり、政策化をともに実現していく、という流れが一番形になりやすいと感じています。

一方、企業との連携は、お互いの強みを生かしあうことが重要です。実際に少年院のプロジェクトも受験指導や障がい者支援に強みを持つ民間企業との協働です。自団体だけで実施しようとすればスピードが遅くなり、できることの幅も狭まってしまう。だからこそ積極的に強みを認めあい、分業体制を築いていけるとよいのではないでしょうか。

― 各機関との連携は大きな事業展開が望める反面、取るべき方向性や手段のすり合わせが難しいようにも思います。合意形成の際に気をつけていることはありますか。

最初から大規模な連携事業を展開しようとしないことでしょうか。社会課題の種を見つけたら、まずは小さく実践する。そして、上手くできそうであれば、ノウハウを横展開し、連携・事業を拡大させる。その流れを徹底することで、育て上げネットではスムーズに連携事業を実施してこれたと思います。

事業を小さく始め、大きく育てるこの方法は、単に連携相手との合意形成を容易にするだけでなく、小刻みにPDCAを回しやすいので社会の実態にあわせた社会貢献事業を実施できるメリットもあります。

― 「リーンスタートアップ」のような考え方ですね。

少年院のプロジェクトも最初は小規模な連携から始まったんです。育て上げネットのスタッフが会食の場で鑑別所の職員の方と席が隣になり、会話をしたことがきっかけで、その後約10年間に渡り小規模な学習支援を細々と継続してきたんですよね。

結果、今では関わる少年院の数も増え、企業や行政を巻き込んだ大きなプロジェクトとなっている。まずはできることから小さく始め、徐々に社会に必要とされる事業に成長していったよい例だと思います。

個人として、企業の一員として。私たちにできる社会貢献とは

― ここまで、育て上げネットが時代の変化や連携相手に合わせながらも、ビジョンからぶれず、どう本質的に社会課題と向き合ってきたのかをお伺いしてきました。最後に、これらの学びを生かしつつ、ビジネスパーソンがどう社会課題と向き合っていけばよいかアドバイスをいただけないでしょうか。

社会課題を知らなければ、解決の担い手になることはできません。ですから、まずは身近な問題を知ることから始めてみてほしいと思います。

その際、おすすめしているのが、ソーシャルグッドを支援するクラウドファンディングをチェックすることです。プロジェクトには、地域に存在する社会課題の実態や携わる人々の思いなど、今実際に起きていることの情報が多く並んでいます。その中から、興味をもった社会課題の現場に赴いて話を聞くなどして、現場との接点を積み重ねることで、当事者意識が育まれていくのではないでしょうか。また、Ridilover JournalやGARDEN Journalismなどの社会問題専門のメディアも非常に参考になります。

― まずは課題の肌感覚を持つ、と。

小さく始めるという意味では、プロボノや副業でNPOなどに関わってみるのもおすすめです。現在育て上げネットでも副業としてのパートナーが増えています。例えば、企業に勤めるエンジニアが空き時間でWebサイトの運用を手伝ってくれています。その方は、ある程度の副業収入が見込めるようになれば独立も視野に入れているそうです。キャリア形成や副収入の増加につながるだけでなく、社会貢献にも結びつく。副業には多くの可能性が秘められていると感じています。

― 近年は、企業も社会貢献への責任を問われるようになりつつあります。個人としてだけでなく企業の一員として社会課題に関わる際には何を気をつけるべきでしょうか。

まずは本業で得たスキルやナレッジの延長上で実施し、徐々に対象や範囲を大きく拡大させていくことが大切だと感じています。ここでも、自身ができることを上手く生かして課題解決に取り組めないかと考えるイメージですね。

例えば、リクルートが就職採用活動を通して培ったノウハウや知見を活用して始めた、働きたいさまざまな人に向けた就労応援プログラム「WORK FIT」もそのよい事例ではないでしょうか。2011年の開始当初は働きたくても働けない若者や大学生を対象に無償で行われていた同プログラムは、2015年には海外の学生に向けて、2017年には少年院を出所する若者、出産や子育てを機に退職した母親へと支援対象を徐々に広げていきました。その過程で効果の検証が行われ、プログラムも改善を重ねてきたはずです。

最初から巨額の費用をかけて社会貢献事業を行うのも一つの手ではありますが、まずは既存のノウハウを生かして小さく始め、徐々に横展開していく。そうすることで、PDCAサイクルを回しながらより社会に根付いた活動へと成長させていくことができるのではないでしょうか。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

工藤 啓(くどう・けい)

認定NPO法人育て上げネット代表理事

1977年、東京生まれ。米ベルビュー・コミュニティ・カレッジ卒業。2001年に任意団体「育て上げネット」を設立。2004年にNPO法人化し、理事長に就任。現在に至る。著書に『無業社会 働くことができない若者たちの未来』(共著・朝日新書)など。金沢工業大学客員教授、東洋大学・日本大学非常勤講師。内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、東京都「東京都生涯学習審議会」委員、「一億総活躍国民会議」委員等歴任。

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